大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

松江地方裁判所 昭和32年(モ)65号 判決

債権者

右代表者

法務大臣 中村梅吉

右指定代理人

西本寿喜

加藤宏

佐伯忠夫

富山渉

松浦東

近藤吉隆

松江市津田町三百三十二番地

債務者

朝日自動車販売有限会社

右代表者代表取締役

沢田寅太郎

右訴訟代理人弁護人弁護士

君野駿平

右当事者間の昭和三十二年(モ)第六五号仮差押異議事件につき当裁判所は次のとおり判決する。

主文

当裁判所が本件につき昭和三十二年五月七日なした仮差押決定はそのうち被保全債権額として「一、金二百四十四万四千三百九十四円也」とあるを「一、金二百四十四万千八百九十六円也」と変更した上これを認可する。

訴訟費用は債権者の負担とする。

事実

別紙記載のとおり。

理由

債権者の申請理由第一項記載の事実は成立に争いのない甲第一号各証同第五号証の二ないし四に本件弁論の全趣旨を綜合してこれを証明するに足る。

債権者の申請理由第二項記載の事実はそのうち申請外会社が債権者主張の日にその主張のような資産を債務者に譲渡し債権者主張のとおり解散決議並びにその登記がなされ目下清算中である事実は争いがなく、右譲渡により残余財産として有価値のものを無くした事実は成立に争いのない甲第四号証同第十一号各証証人村上繁男の証言の一部を綜合してこれを疏明するに足り、これに反する右村上証人の証言及び債務者代表者本人の供述は信用し難い。又乙第三号証同第十号証があるけれどもこれは前記甲第十一号各証と合せ考えれば右疏明を左右する資料となし難い。

而して成立に争いのない甲第五号証の一ないし四証人松永東の証言を綜合すれば別紙滞納税額表記載の税金はいずれも昭和三十一年中に賦課せられたものであるけれどもそれは昭和二十九年以前の年度における確定申告過少による更正、売上金の記帳脱漏による再更正又は売上金の記帳脱漏により別途預金をなし取締役がその預金を消費したための認定賞与としての課税であつて前記の資産譲渡により納税資金のなくなることを知りながら将来の賦課処分による財産の差押を免れるため譲渡したものである事実を一応疏明するに足る。

右疏明に反する証人村上繁男同長谷川仁の各証言乙第十四ないし同第十六号証の記載内容は信用し難い。尤も成立に争いのない乙第十一号証によれば申請外会社は右資産譲渡にあたり債務の一部をも移転したことを認め得べく又乙第五号各証同第六号各証同七号証によれば右資産譲渡後における営業継続の事実を認め得るけれどもこれら事実は詐害意思を否定するに足る資料とはなし難い。次で譲受人たる債務者が右譲受の当時申請外会社が差押を免るるため故意に財産を譲渡するものであるという事情を知つていたかどうかにつき当事者間に争いがあるがこの点については債務者において善意であつたことにつき疏明責任を負うと解すべきところ債務者(従つてその代表者沢田寅太郎)がその情を知らなかつたという事実についてはこれに沿う証人佐々木種蔵の証言債務者代表者本人の供述はいずれも信用し難く他に右事実を疏明するに足る資料はない。

そうすると債権者は右資産譲渡契約のうち滞納額に相当する新車及び部品の譲渡行為の取消を求めることができるということが一応は可能であり、債務者が右新車及び部品を売却しておりその原状回復が困難であることは弁論の全趣旨に徹し明らかであるから債権者はこれに代え右取消額二百四十四万千八百九十六円の損害賠償を求めることができると一応はいえる。而して右損害賠償の請求訴訟が当庁に提起されたことは争いがなく債務者において財産を他人に譲渡して債権者の強制執行を免れようとする気配あることは成立に争いのない甲第二号証により疏明されるから本件仮差押申請は正当であるといわねばならない。但し本件につき昭和三十二年五月七日なした仮差押決定中被保全債権額として「一、金二百四十四万四千三百九十四円也」とあるは「一、金二百四十四万千八百九十六円也」と変更すべくその余の部分は語句をそのまま維持すべきである。よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 柚木淳)

(別紙)

事実

債権者指定代理人は松江地方裁判所が本件につき昭和三十二年五月七日なした仮差押決定はそのうち被保全債権の表示として「一、金二百四十四万四千三百九十四円也」とある部分を「一、金二百四十四万千八百九十六円也」と変更した部分を認可する。訴訟費用は債務者の負担とするとの判決を求めその理由として次のとおり述べた。

一、債権者は申請外マツエホンダモータース有限会社朝日モーター商会(以下申請外会社と称する)に対し別紙滞納税額表記載のとおり昭和三十年度及び同三十一年度分源泉徴収所得税並びに同三十一年度分法人税計五件合計二百四十四万千八百九十六円の租税債権を有し申請外会社はこれを滞納しており債権者においていつにても滞納処分をなし得べき段階にある。

二、申請外会社は昭和三十年四月十六日債務者に対し什器、備品、新車(商品)、部品(商品)債権等合計金五百三十二万二千四百二十六円相当の資産を譲渡し残余財産としては有価値のものを無くした上昭和三十一年六月三十日解散の決議をなし次で同年七月十日その登記をなし目下清算中のものである。

三、右の資産譲渡は次に述べる理由によつて国税徴収法第十五条にいうところの詐害行為に該当することは明らかである。

(一) 申請外会社が前第一項記載のような巨額の滞納をするに至つたのは確定申告の過少による更正、売上金の記帳脱漏による再更正を受け又は売上金の記帳脱漏により別途預金をなし、代表取締役がその預金を個人消費したため認定賞与として課税されたことなどの事由によるものであつて、第二項記載のような資産譲渡をすれば納税に充つる資金のなくなることは十分知りながら財産の差押を免れるため敢えて譲渡したものであり

(二) 債務者は申請外会社の取締役沢田寅太郎を代表取締役に、同代表取締役村上繁男の長男村上昭治を取締役として前記資産譲渡をした昭和三十年四月十六日同時に設立された申請外会社の第二会社であつて右(一)の事情は十分知つていたものである。

四、よつて債権者は債務者と申請外会社との前記資産譲渡契約のうち滞納額に相当する新車及び部品の譲渡行為の取消を求めると共に、債務者が右新車及び部品を売却しており、その原状回復が困難であるからこれに代え右取消額即ち滞納額に相当する金二百四十四万千八百九十六円の損害賠償を求めるため過日御庁に訴訟を提起したが、債務者は財産を他人に譲渡して債権者の強制執行を免れようとする気配がうかがわれるから債務者所有の有体動産に対ずる仮差押の命令(無保証)を得たく本申請に及んだ。

以上のとおり述べ

疏明として甲第一号証の一二同第二乃至第四号証同第五号証の一乃至四同第六乃至第十号証同第十一号証の一、二を提出し(但し甲第三、四号証同第七号証はいずれも写)証人松永貢の証言を援用し乙第一、二号証の成立を認める。同第三、四号証同第五号各証同第六号各証同第七乃至第十号証の成立は不知、同第十一乃至第十三号証の成立を認める。同第十四乃至第十六号証の成立は不知と述べた。

債務者訴訟代理人は松江地方裁判所が本件につき昭和三十二年五月七日なした仮差押決定はこれを取消す。債権者の本件仮差押申請を却下する。訴訟費用は債権者の負担とするとの判決及び仮執行の宣言を求め答弁として次のとおり述べた。

一、申請理由第一項は不知。

二、申請理由第二項はそのうち「残余財産としての有価値のものを無くした上」とある部分を否認しその余を認める。申請外会社は本件譲渡行為により財産を全部失つたのではなくその後もなお数十台のオートバイ新車を有し営業を続行していた。

三、(一)申請理由第三項(一)は全部否認する。本件財産譲渡当時である昭和三十年四月十六日にはその時までに発生していた租税(昭和二十七年度乃至昭和二十九年度分)は既に完納しており又昭和二十七、二十八年度については更正決定を受けており再更正決定が昭和三十年に至つて行われる等のことは予想し得べくもなく又昭和二十九年度については事業不振であつたのでこれ亦巨額の更正決定は予想ができなかつたのであつて租税を免れるために資産を譲渡するような動機は申請外会社には全くなかつたものである。申請外会社が資産譲渡をしたのは営業不振等のため事業縮少による再建計画を実施する必要に出たものであつて同会社に詐害の意志は全くなかつた。

(二)申請理由第三項(二)はそのうち沢田寅太郎が申請外会社の取締役たりしこと及び債務者会社取締役村上昭治が申請外村上繁男の長男であることを認めその余は全部否認する。譲受人たる債務者は善意である。即ち債務者は設立登記を完了した昭和三十年四月十六日に申請外会社より本件資産譲渡を受けたのであるが昭和二十九年度までの各種税金は全部納入済であることを確認し取引上の債権債務の大部分を譲受けたものであり当時譲渡人たる申請外会社に滞納租税があること及び同会社に租税徴収免脱の目的があることは知らなかつたし又知る筈もなかつた。又沢田寅太郎が申請外会社の取締役となつたのは昭和三十一年一月二十日であつて本件譲渡行為の翌年であり、又村上昭治は自動車修繕の熟練工であるので便宜同人を債務者会社の役員に迎えたのに過ぎず同人は申請外会社の経理について関与していなかつた技術者に過ぎないので債務者会社代表者たる沢田寅太郎が申請外会社の取締役であつたこと、及び申請外会社代表者村上繁男の長子たる村上昭治が債務者会社の取締役であることを以て債務者会社の悪意を推測することはできない。

以上のとおり述べ

疏明として乙第一乃至第四号証第五号証の一乃至三同第六号証の一乃至三同第七乃至第十六号証を提出し証人村上繁男同村上昭治同佐々木種蔵同長谷川仁の各証言債務者代表者沢田寅太郎本人の供述を援用し甲号各証の成立(甲第三、四号証同第七号証については原本の存在及び成立)を認めた。

滞納税額表

〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例